第52章 美しい国考(2007.7.12)  
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「美しい国・日本」の目指す方向とはなんだろう・・・

底なしのノー天気な先生方と最近の世相の動きをボヤキきつつも、杉皮を剥きながら、ログをカットし積見上げる黙々と単純な作業に着手しながら、「我が美しい日本」を考えていた。どうも不評であった自然トイレ。ツルハシとトイレットペーパ、そしてビニール袋を片手に、用を足す合理性に理解を示す者が少なかった。口では理解はしていたものの、実行する者が少なく、便秘になることを心配する始末。頻度も少ないため、一箇所で処理するよりは、匂いもなく自然の理に適う方法なのだが、やっと重い腰をあげて、昨年末に伐採した杉の残骸を利用して、トイレログづくりに着手することになった。トイレの穴は、ログハウスの基礎を業者に依頼した際に、ユンボで前もって掘ってもらっていた。

厠(かわや)、渓流を跨ぎ用を足す、水に流すことが山の民、海の民、昔から日本人の得意技か。このところの都会の民も水洗トイレに流したら、それで終わり。その後のことは、どうなっているんやろか、大半が無関心な社会。渓流で用をたすことや、穴を掘って用をたす方が、自然に優しいことは確かなんだが、やや残念無念の感もあるものの、それじゃ自然に馴染むトイレを作ってやろうと決意した。小は自然と土の中に浸透させ、大も同様に土に吸収される仕組みを考えた。もちろん、洋式タイプの水洗トイレ仕様だ。ただし、紙だけはトイレに流さない。後で焼却処分する。

「山紫水明か、京都そのものやね」
「でも、見えないところはゴミの山やよ」
「確かにそうやね。日本三景の一つ天橋立の海もプラスチックだらけやね。情けない。」
「富士山もゴミの山やしね」
「見えないところで、何でもありか。モラルも糞もない。しょうがないか。」
「ショウガないでは済ませないよ」
「昭和時代にあったもったいない精神が宿る社会にせんとなぁ」
「この山小屋の自然環境は守りたいね」

昔ながらの臭突がカラカラと回る風景を夢想しながらも、トイレログハウス完成後もたぶん、立小便はもちろん、野糞も止めないだろう。真の美しい日本とは、小さな島国に棲む我々が心の中を安穏に過ごせる社会の実現にある。この国の見たがらない在り様を、正面に見ていかないと国の未来はない。弱者・強者が共存可能なバランスの良い社会の革新を目指し、今年こそ、山よ動かん。ゆがみを是正するための日本一新!。普遍の安定と変革し続けることのできる日出でる国の再生を目指したい。

「この山、この森林どれだけの価値があるんやろか」
「二束三文だろうね」
「でも、この山のおかげで、俺たち生かされているんだけどなぁ」
「この価値を理解できる者は少ないやろね」
「本当は政治家や学者さんの問題でもなく、生きとし生ける者の問題なんだよね」

美しい日本の本質がここにあるんじゃないだろうか・・・



京都山小屋の住人

(次回に続く)