第35章 里山の郵便局はあな遠からじ(2005.8.30)
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選挙が始まったよ。今回の選挙、「郵政選挙」と叫んでいるけど、かなり怪しい感じがしているんよ。小泉一座の裏舞台が見え隠れしてね。目先の問題の賛成か、反対かというものよりは、将来の日本を託す「政権選択」の選挙のはずなんだ。この4年間の実績を見ると、残念ながら癒着政治との決別ができていない現実がある。さらに外交的には目を覆う惨禍や日本人を侮辱したニュースが流れてきて悲しくなったなぁ。どうも、狭い目先だけの自縛に拘り続けるところに、問題があるんじゃないだろうか。リーダーシップなどという綺麗ごとだけで片付けられっこない。リーダーシップ・・・わかんねぇか?。田んぼに立つ案山子(かかし)に過ぎないってことだよ。案山子は「やじろべい」のバランス感覚を持っていないんよ。

「良くわかねぇけど、村の郵便局なくなるんか」

「多分、マニフェストには書いてないと思うよ」

「なんだかわかねぇけど、去年は村の農協の食料品の店を閉めた」

「宅急便の食材旨いか」

「もう慣れたはぁ」

「息子さんはどこにいるの」

「土方仕事が嫌で都会に出ていった」

「おばあちゃんはいかんのかぁ」

「この土地が好きやぁ。孫も遊びにくるしなぁ」

「そうだ孫の小遣い、郵便局から出してこんとあかんわぁ」

山小屋がある村には郵便局が2軒ある。1軒は山越えが必要、2軒目は谷を沿い、河を越えて行く。バス停までは徒歩40分、バスは1時間に1本あるかないか。これが里山の現実。今までも、経済性などという言葉で渓流の川がコンクリートで固められ、あるいは需要の少ないスーパー林道なども着工されている。田舎はいつも蛇に睨まれた蛙であり身動きができない。また、日本が世界の恥とされる社会現象に自殺の多さも指摘されている。集団自殺が社会現象となっている。自殺者を弄ぶ犯罪も現れた。人生を全うしないで自らの命を絶つ日本社会が抱える深い病巣。この一因が日本の国づくりである政治にあることは確かだ。改革の目玉である郵政民営化、その中身はいかがなものか。社会的な格差の問題をさらに広げる危険がある。他山の石と置きたくはない。日本の田舎文化、日本人の生き様を理解していない者にこの国は任せられるはずがない。

都会の人の勇気と優しさに期待し、まずは美しい故郷に優しさのある施策を取り戻したい。将来も日本の里山が里山であるための1票を投じ続けたい。

京都山小屋の住人

(次回に続く)