第16章 百姓は晴耕雨読(2004.9.25)  
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9月の連休に有機農業のメッカ高畠まほろばの里まで農業ワークに行ってきた。5年ぶりの訪問です。箒1本で田に入り、害虫掃除する伝説の農家人星さんを中心に、地元まほろばの里である和田地区の人々が進めている有機農業、自然にも人にも優しい農業。でも、その分、働く農家の人の労働力は、土作りに相当の時間と手間を費やすことになる。高畠町の行政支援の下、援農(農村社会の外にある都市住民等が有償又は無償で農作業を手伝うこと)がさかんな田舎です。援助○○ではありません。ご存知でしょうか、映画「おもひでぽろぽろ」(高畑勲監督)では、上和田の青年が映画のモデルになった言われており、当時から有機農業が細々と行われており、ここ10年で、やっと有機農業の重要さが社会的にも認知されてきた。

訪れた季節は、ちょうど稲刈りシーズン。学生や社会人がこの村に援農に来ていた。当然、リストラのお父さんもしっかりと参加していた。中でも、若い女性が多いことに驚いたが、この牧歌的な田園風景に接することができることを考えると、納得した。参加者の中には、有機農業や食へのこだわりなどのうんちくなどを披露する方も中にはいるそうですが、多くの参加者は、素直に農業を体験したいという単純で素直な行動力のある方々が多いという。小生も、いわゆる「バカの壁」(無知→知識→見識→胆識。無知も見識を持つものの大差はない。重要点は実行が伴うこと。養老孟司著)をどう超えていくのか、農作業の中にそのヒントが多くあることに気づいた。農作業の他には、雨模様の時間に、デラウェラを潰した自家製ワイン作りや山での広葉樹の伐採をチェーンソーを使い行った。

でも実際の農業は、やはり参入障壁がそこそこ高い。確かに、雨の日や雪の冬季間は、作業もなくゆっくりと休息もできるだろうが、それ以外は、休憩もまま成らない農作業が続く。一度、農作業に入ると、確かに休むのがもったいないぐらい、多くの作業がある。でも、その作業も確かにハードで大変ですが、それ以上にとても楽しい作業です。そこには体力も必要ですが、それ以上に農作業が好きにならないとできない仕事だろう。もう一つの障壁としては、昆虫などの生きものへの対応だ。田舎には昆虫、蛙、蛇などが多い。虫が嫌いな人は、この仕事には耐えられないことだろう。でも、相対的な生き方ではなく、自分だけの半分主義の田舎暮らしを目指せば、何とかなるだろう。あまり欲張らず、自分のペースで自然体で生活(晴耕雨読)することを受入れられれば、案外簡単に農村で生活できるかもしれない。その際には価値観を共有できる良き伴侶や仲間を見つけることが理想となる。しかし、これらのこと以上に重要なことは、村社会とのコミュニケーションが取れないと無理となる。サラリーマン社会以上に、コミュニケーション能力は問われるかもしれないと感じた。でも、ご心配は無用。肩肘を張る必要はない。あくまでも自然体で接することに努めれば、このハードルもけっして高くはない。語ることがコミュニケーションではなく、お互いの価値観や生き方を認めることかもしれない。

何だか、今回は感想文に近いものになった。普段、週末は山小屋作業でリフレッシュしているが、今回の農業体験は、それ以上に気分転換ができた。このパワーをまた、新たな発想で仕事の中にぶつけて行こうと思っている。

田での杭立てと稲の杭がけ作業を終え、皆で帰路に着く夕暮れの畦道は、とても気持ちよく、また、少し切ないノスタルジーを感じる雰囲気を持ってた。田舎の香りはとても懐かしいもの。

「今日もたくさんたくさん杭架けしたね。よう頑張ったよね。」
「そんじゃ、そろそろ帰ろうか」
「お疲れさまでした」
「今日も一日ありがとさん」

京都山小屋の住人

(次回に続く)