山小屋作業日記 2006年 

by 京都@山小屋の住人

2006年1/28
メル友のお誘いで花背交流の森の自然派ワークに参加。途中、山小屋の様子を見に行ったが、入口から先は前回訪れた時よりも更に積雪増、入山を断念。狩猟の車も入っていたが、多分、沢沿いにしか入れない厳しい状況。鹿もこの雪で里に流れ、かなりの頭数が仕留められたと云う。途中、一頭の鹿が路上の真中にいた。クラクションでやっと大雪の原野に逃げていった。自然派ワークでは京北町で里山づくりの活動する方、熊を守ろうという人たち(さすがに熊肉食べたことは言えなかった ^o^)など20名程参加。また、借用中の本を返すため、山仲間が集う喫茶店に寄ったが、伝説の山の大師匠との出会いもあった。「寒い時にはチン○の袋を暖めると全身も暖かくなる」とのアドバイス。直球会話、流石。さらに京都精華大生の卒業研究、茅葺カレンダー(早く届かないかなぁ)の活動も魅了。昨年も一つ、また一つと茅葺の家が失われた。自然との係わり合いが弱くなり「エコトーン」が失われつつある。里山は過疎化もあり実に弱い存在。その昔、熊、鹿、狸、兎、鳥たちは・・・日本のどこにでもあった里山周辺で生息していた。自然の中では、これら動物はなかなか生きていけない厳しい世界。その昔、日本狼が淘汰されたよう、現在、生命のインディケータが月の輪熊。熊の次は、人間そのものが生命のインディケータになるかもしれない。動物だけでなく、人々も共生できない世の中はバランスが悪い、居心地が悪い。今回の出会いは、その想いにやや温度差はあるものの、「このままではいけない」との漠とした想いと理解したい。徐々にではあるがその想いの点が、線になる気がした。僕の想いは「自然との会話」、そのため山小屋でのフィールド活動を楽しみたい。その想いの原点が日本の農業である有機農業とどう続くか。話は変わりNASAチャレンジャー事故から早20年、印象強いことは昨日のように覚えている。

3/10-11
長〜い冬明け、3ヶ月ぶりの山小屋。てっきり潰れていたと思った風呂小屋はなんと無事。昨年のクリスマスイブの雪下ろしが良かったのだろう。今年は雪が多かった分、未だ山道道中の半分程度で車は通行止め。来週は問題なさそう。昨年末から車に載せていたバッテリを橇に乗せ、山小屋まで運び設置。今日は快晴、2枚のパネルとも春の光が照らしていた。2枚目パネル用の逆流防止の抵抗コンデンサーも付けたためか、最大5A近くまでメータの針が振れた。これから光も強くなるけど大丈夫だろうか。冬で荒れた小屋や山を整備。久しぶりの森林浴、リフレッシュ。椎茸栽培の原木も倒した。今年も木々の芽生え共に活動を再開。この時期が一番、視界が広く山は明るく感じる季節です。

3/20-21
山桜5本、南天2本植樹。山桜は育てば大きくなるが、鹿にやられる可能性大。昨晩は桜花見を夢見ました。しいたけ栽培用原木を山から下ろした。次回は適当な長さに切断し、穴あけ、打ち込みを行ないホダ木作り。山の整備中、山の明るい場所にタラの木を発見。春が楽しみ。渓流から流木を引き上げた。海岸の砂浜での流木拾いも楽しいね。五右衛門風呂に入ったが、水道システムが冬の凍結でトラブル発生、次回、メンテ要。ポンプ、石油バーナ、テレビ、電灯2本でブレーカが落ちた。その瞬間、暗黒の世界となった。ランプ生活の頃を思い出した。昨晩は星空がきれいだった。山小屋まで車を隣接。

4/14-15
午後9時30分に山小屋着。エッ・・・?、小屋の窓が開いていた。強風で鍵をかけていなかったため、開いたものでしょう。翌朝は小雨降る中、早朝から原木を切り出。また、前回、倒した原木を適当な長さに切断、電動ドリルで穴開け、しいたけ菌を打った。結構、ちまちました作業で飽きた。原木9本にしいたけ菌500個打った。所要時間2時間。あと1000個打つ予定。帰路、あまご釣りをしたが釣果なし。山小屋周辺はまだ桜は蕾みの状態。南に行くに連れさくら満開。高雄は桜と山ツツジが同時に見ることができた。ツツジの紫のためか、桜が純白に輝いていた。今年は5月の連休まで山桜が楽しめそう。山の渓流沿いにある山桜、そろそろ淡い紫色を濃くなって来る。電動ドリルも問題なく、ソーラーシステム稼動中。

4/23
週末は仕事が入り日曜日に入山。軽トラックを借り不要品を山小屋まで運搬。ホダ木づくり作業を完了。合計19本でしいたけ栽培開始。凶暴と言われる柴犬が遊びに来た。山桜が満開だった。もらった掃除機はハイパワーのため起動できなかった。発電機で再トライしようと思う。山菜を少々収穫。昼からの山作業のため時間がなかった分、少しハードな一日でした。お疲れさんです。

4/29-5/1
初めて2泊3日の山小屋暮らし。初日は真夜中に一台の車が迷い込んできた?、車社会の物騒な世の中。山道整備に向けた足場づくりを教わり、今まで不自由していた渓流の洗い場までの足場ができた。杭の長さ60cm、横木の長さ80cm程度。杭は節を無くし、下を太く、頭を細くがポイント。不要品の時計や食器棚も設置、時計は作業時間がわかり便利ですが、風雪にどこまで耐えるだろうか。水回り、風呂小屋の土台、風呂釜も補修。電気掃除機も発電機で掃除できた。今年もタラの芽採りに汗をかいた。渓流魚とタラの芽の天ぷらで楽しんだ。上弦の月がしばし西に出ていました。電気を消し闇夜の世界を楽しむ。最終日の車中は夏日。お疲れさんです。

6/10
「いのち耕す人々」上映会(大阪国際交流センター)に行ってきた。20年前の有機農業立上げ時のドキュメントフィルムを含め、現在の食の安全を伝えるドキュメンタリー映画。当時の有機農業の活動が政治的、経済的な大きな流れの中でムラ八分にあったことは、当時を振り返って見ても実感としてあった。変革に対する抵抗も、この映画を通じて感じとったが、理屈が前面に出過ぎていた感。農薬、飽食、遺伝子組み替えの対立軸としての有機農業、一方向のディベートは成立しないし、百姓には理屈のアプローチはいらない。個人的にほっこりとした所もあったがより情緒的なアプローチを期待していたので少し残念。「おもひでぽろぽろ」原作の村、高畠上和田の精神構造は今も変わっていないことは事実。これからも変わらない勇気や誇りを守り続けること。やや辛口となったが「好きなことをやる」、これが何事にも通じることは実感。「土と交わること、自然の情と交わること」、それは楽しい。若者に是非、見てもらいたい映画。200名収容可能な小ホールは満員御礼、立見の方も大勢だった。開演を少し過ぎ、立見を覚悟していたが、一般客用の最後の1席に案内された。主催の方々に感謝。それにしても途中の梅田地下街、蟻の如く群ていた。まさに飽食社会を実感。バイキングのような満腹感と疲労感を覚えた。

6/16-17
久しぶりの山小屋詣出。太陽電池コントローラ(充電完了電圧14.3 V、負荷遮断電圧 11.5 V、負荷電流10Aまで)を交換。早朝4時過ぎに鳥たちの囀りで目を覚ました。5時過ぎに起床、腕に擦り傷を作りながら山椒の実取りに励んだ。いよいよ鮎解禁。山椒と鮎のマッチングも最高。去秋、家の庭から植え代えたミョウガが芽吹いていたが、葉っぱを鹿が食した痕跡あり。また、昨春植えた孟宗竹も芽吹いていた。枯れたかなと思っていた。でも、筍堀はまだ先の状況。山桜は5本とも無事。昨晩は月が夜明けまで照らしていた。時計も無事、稼動中、何かと便利だ。

6/30-7/1
昨晩はお肉と鮎のバーべキュとドイツばりの地元地ビール。今年も蛍観賞。夜中から大雨(18mm/h)、渓流に冷やして置いていたビールが流され行方不明。雨は明け方にはやんでいた。ワールドカップ、ドイツ対アルゼンチン戦をラジオで観戦。昨晩の蛍見をさらにグレードアップさせるため、テラスを更に渓流側に出す工事に着手、まずは土台2本を立てる。費用は金具類(1,000円以内)のみで床板も細めの杉丸太を予定する。完成は部材となる杉を倒す時期もあり、雪が降る前には完成させたい。久しぶりのハードワーク。完成すれば鴨川や貴船などの納涼床を凌ぐ「山小屋蛍見床」となる。さらに、その床の上にかまども作成したい。来週は農業ボランティアに参加予定。

7/9
早朝に山小屋着。小屋内の整理の後、農業ボランティアに参加。雨も降らず、何よりでした。ジャガイモ収穫と休耕田の草刈り。お昼は小さなジャガイモを素揚げで食した。おみやげ用に紫ジャガイモを含む山盛りのおじゃがを頂き、ご近所にもお裾分け。

7/15-16
市内は超夏日、やっと抜け出したが、あいにく夕方からお天気は荒れ模様。夜中は雷と豪雨に見舞われた。目を閉じながらもピカッと光った後のゴロゴロが鳴り響く時間を測っていた。渓流の音も普段より大きな音を出していた。それでも山小屋は涼しかった。夕暮れの雨の合間にはヒグラシが鳴いていた。梅雨空の祇園祭、夏はもうすぐか。

7/31-8/1
異常な降雨の被害は渓流へ降りる階段の最下段が流されていた程度で済んだが、途中の山道は深く抉られていた。蛍見床の土台となる丸太を組んだ。清水さんの舞台の様相となってきた。土台となる丸太と床用に利用するため、4本の杉の木を倒したが途中で引っ掛かって、倒木の難しさを改めて実感。今回は事前にロープを張っていたため、大事には至らなかった。昨晩はバべキューの開始間近に、小雨が降り、部屋の中で行った。「くさや」を焼いたが、部屋中、ものすごい匂いが漂った。最終日は水風呂で行水。その後、体が火照ってしまった。汗だくの中の重労働、ご苦労さまです。夜明けとともに、蝉の音と小鳥たちの囀りで目を覚ますが、二度寝した。ミョウガの葉の大半が鹿?に食されていた。少し遅いがコスモスの種を蒔いた。

8/5-6
気持ちいいほどの真夏日の中での山作業、水分補給すればするほど滝の汗。テラスのペンキ塗り。土台の補強と3mの丸太6本を山から下ろしテラスの床敷きに置いた。また、杉の木を1本倒した。夜はBSで寅さん観賞。昨晩は少し寒いくらい。翌朝は蕎麦蒔きボランティアに参加。11月の手打ち蕎麦が楽しみ。素揚げ用に小玉のジャガイモをもらって帰った。竹の調達先を確保。土用の丑の日以降は、竹には虫がいないとのこと。テラスの床敷きに活用できそう。お盆に向け山小屋を掃除していたら、バッテリー電圧の簡易容量計算方法が出てきた。「容量%=電圧×70−800」12.5Vで約75%の残量量。10.5Vでゼロ、最大15.5V。但し、発電最中や放電直後はこの式は使えない。

8/18-19
学生時代の友が山小屋に来た。昨晩は遅くまで他愛のない話をした。記憶が蘇えることも、忘れてしまったこともあった。酒盛りをテラスで楽しんでいる最中、小さな姫ネズミがうろちょろしていたが、山小屋の中に入っている形跡があった。風呂小屋ではしばし登場し、石鹸をかじっていた。そういえば、一度、2匹の姫ねずみが石鹸と共に五右衛門風呂に落ち、登れなくて死んでいたこともあった。本格的な対応を考えるとしよう。でも、手のひらにのる小さな生き物、むやみな殺生はやめることにしたい。前回倒しておいた大木から3mの丸太3本を蛍見床に置いた。後、4本程度で床は完成。鮎釣釣果は▲1匹。囮鮎を逃がしてしまった。少し雨模様、また、山ヒルに噛まれた。痒いなぁ。もう、ヒグラシは去り短い夏、市内は当面残暑が続きそうです。虫捕紙、様々な虫たちがくっついていた。まるで虫たちの総合デパートの様相。虫送りをしないとバチが当るかもしれない。

8/25-26
鮎の素潜漁の日、今回はプロがいなかったため、釣果は期待できなかったものの、冷たい清流の中を潜るのは面白い。昼前にはあがり、山小屋で遠火でじっくりと塩焼きに、天然ものは文句なし。山小屋入山、3年目の短い夏が終った感じです。昨晩はもう秋の虫が鳴きだしていた。土石流警戒場所に杭を立てた。お疲れさまでした。鮎網2点を預かった。来年は大漁を祈念したい。

9/15-16
一昨年の土石流の後、整備された渓流の排水溝が今夏の大雨で土砂で塞がってしまい、大雨の際には山道を流れ、道を凸凹に削っていた。そのため、排水溝の口をツルハシとスコップで堀り排水溝の口を開けた。杉3本の皮を剥いた。真っ白な木肌となり、その後、黄色かかってきました。雪の重みから風呂小屋を守るための補強の柱と屋根の梁として使う予定。

9/22-23
前回皮を剥いた3本の杉で風呂小屋補強の柱を組上げた。これで、去年よりは雪の重みに耐えられる。それでもクリスマス頃には雪降ろしは必要だろう。水場の流しに向け、直流ポンプを設置。テラスまでは高低差5m程度、水は届かなかった。昔使っていたタイル流しを出来たら入手したい。秋分の日の今日は快晴。山椒の実が真っ赤に色づいていた。晩秋にでも蒲焼の山椒にしようか。昨晩は満点の星空の下、鹿が鳴いていた。鹿も種保存の季節。3時半に起床、走れ歌謡曲を少し聴いた。去年の今頃、同じ様に聴いていた。お陰で午前8時過ぎの寝坊だった。山は一直線な秋。バッテリーが赤と黒信号、お日様も真上から徐々に南に垂れてきた。

10/7-8
終日、雨が降ったり止んだりする中、竹薮で太い物で直径15cm程度の立派な孟宗竹を計20本ほど切り出した。倒した竹は8本程度。7日は満月ということで,薪ストーブに火を入れ、鍋を囲み、外が明るくなるのを待った。20時30分頃、雲が切れ、黄色の明るさが辺り一面、開けた。しばし、中秋の名月の翌日の満月を拝むことができた。今回は昭和時代の懐かしいタイル流しを設置、渓流の水をポンプで汲み上げた。夏のスイカやビールなどを冷やす楽しみが増えた。また、昨日切り出した竹を床に敷き、ようやく蛍見床が完成。秋時雨の寒さも感じる中の作業、お疲れ様でした。帰りに山椒の実を少々収穫。バッテリーは未だ赤と黒信号の中、節約しながら、昨晩は21時に就寝。秋の虫がやや静かになる中、季節外れの風鈴が終夜鳴っていた。次回はそろそろ冬支度。

10/21-22
前回の竹林で孟宗竹をまた切り出した。炭焼きに利用予定。山小屋はカメムシの集団が越冬にやって来た。蛍見床に手すりの柱を立てた。昨晩は星がきれいに輝いていた。しばし、蛍見床で横になり星を眺め瞑想。今年も山道がきれいに整備されていた。おおきにどうも。前回の鍋の残りを深く穴を掘って埋めたが、それを掘り返す輩がいた。今日は時代祭と鞍馬の火祭り、晩秋へ駆け足です。

11/3-4
3日は十三夜。NHKお天気予報士の半井小絵さん曰く中秋の名月よりも7割方、晴れる確率が高いとのこと。彼女の何ともいえないキャラがいい。ところで十五夜に月見をしたら、必ず十三夜にも月見をするものだそう。十五夜だけでは「片月見」といって忌まれていたからとの言い伝えです。来年は10月23日(火)。昨晩も快晴、星見床でしばし月見酒。9時には床に入った。月明かりの下、明るい夜だった。鹿が夜中に鳴いていた。以前、作った薪置き小屋を炭焼き小屋に変更。15日は狩猟解禁日、翌年2月15日まで。無事故を祈願。山椒の皮を収穫、天然ものの蒲焼が食べたくなった。今年も早くも雪んこが舞っていた。

11/17-18
窯に火を入れ、竹炭づくりに挑戦。自然の時間が短かったため、生の竹が混じっていた。自然の時間、7時間程度か。この季節、夜の火守は山の寒さが身にしみますが、カップ酒の熱燗はもっと身にしみます。翌朝、朝靄の中の紅葉は幻想的に感じた。竹炭づくりの過程で出てきた竹酢液で水タンクを洗浄した。冬支度に備え、タンクの水と配管部分の水を抜き、水の氷結によるダメージを回避。昨年は水の蛇口などが破壊された。今春に打った椎茸のホダ木の一つに早くも一つだけ小さな椎茸が出ていた。来年の雪解け後の春は少しは期待できるかもしれない。宮内庁御用達床柱製作所の若大将に山小屋周辺の杉の木20本ばかりの倒木と運搬をお願いした。

11/24-25
竹炭用の竹を切り出した。雪の中で2度目の炭づくりにチャレンジしたい。昨年の春にお寺の境内の骨董市で買った自在鍵を囲炉裏にセット。竹炭で暖をとった。バッテリー不足のため、ランプ生活。心地よい光に誘われ、昨晩は早々8時前に就寝、流石に真夜中に目が醒め、久しぶりに走れ歌謡曲コイカナを聴いた。大阪ラジオの電波の感度も波がある。夜明けが若干早くなりつつあるが、お日様は南方に垂れ昼前に山影に隠れ、2時前に少し顔を見せるも、そのまま影ってしまう。しばし、山間は厳しい季節です。昨晩は途中で薪ストーブの火を入れた。冷えると思ったら、初氷を記録。

12/2-3
広河原の幸八さんが眠るように逝った(11/16)という。初めてシカに遭遇し、美しい姿に感動した話、雪の世界や宇宙の話、そして渓流釣りや鮎の素潜り漁など、自然と共に生きた人だった。遺骨の一部を粉骨し、彼の愛した神の棲む聖域、山奥の大木の周りに撒き、土に還す。30年来の付き合いの自然の大恩師。享年63歳。合掌。昨晩は雪が降るか否か、気が気でなかった。昨年は6日に初雪で積雪50cmのドカ雪。朝方にさらっと初雪は舞った。昨晩は湯たんぽを使った。とても暖かだった。どんぐりの苗を植えた。一つだけ生えていた椎茸、大きく育っていたので、収穫し、薪ストーブの上で蒸し焼きした。美味い!16日、山小屋周りの杉の木を伐採予定。忘年会も立て込んで来た。

12/16-17
山小屋の回りを囲んでいた杉の木を伐採してもらった。太さによりチェーンソーを使い分けたり、両面を上手く使ったり、あるいはクサビを打ち込んだりと、感心することが多かった。定めた方向に確実に倒すため、ロープを張り、チェーンソーで切る側とロープを引く側の息の合った作業はプロの技。親子とは言え信頼関係がないと成立しない仕事を垣間見た。「見よう見まね」の世界を感じた。今までの倒木が無知で、如何に危険であったことが分かった。今回は2時間程度で30本程度の木を倒した。小屋の近くにある木は、後日、ロープの技を使って倒すことになった。倒した木は、春まで寝かせて搬出する。国産の木の価格が下落しており、今回倒した木も3〜4万円程度とのこと。4トン車に載せて運ぶが、これじゃ車代にしかならない現実がある。しっかりと枝打や間伐をしておけば、木も太り、価値が出るとのことだが、高い国内産の木を使って建てる人が少ない状況もある。なんとかビジネス機会を増やしたい思いが湧いてきた。今回は木を引取ってもらう事で手弁当だった。心からありがとう。これで、星見床の上空の視野がかなり拡がった。雪はまだ来ない。今晩から冷えるという。

12/28
明日から積雪があるという。夜中にしんしんと降る音がいい。そして朝、一面の銀世界、感無量。今年もお世話になりました。良いお年をお迎えください。

京都@山小屋の住人