第30章 まほろばの里は現代の桃源郷(2005.5.7)  
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援農活動でお世話になっている高畠町和田地区は、高畑勲監督のアニメ映画「おもひでぽろぽろ」のモデル地(上和田地区)となったことでも有名な村です。
映画に登場する有機農業にかけるトシオという青年像、高畠町全体の象徴でもある。高畠町は、全国でもいちはやく有機農業の地域的な取り組みを展開した土地、おだやかな田園風景の底に、農業への熱いの思いが息づく土地です。発足当初は誰もがあんなもの成立するものかと冷ややかな眼差しで眺めていたものでした。あれから30年、もはやこの流れを止めることは出来ない程、社会的な認知、地位を確立した。

多くの都会の若者もこの村にやって来ては、援農を通じて何かを掴んでいきた。中には定住をしている者や、挫折して、また都会に帰る者もいると聞いている。挫折の中にも、この村で過ごした時は心の中に深く刻まれていることに違いない。確かに都会での生活は、収入面では田舎で得るより数倍の多く、また、生活面や教育面での利便性も多く享受していることは確かだ。一方、田舎での生活はと言えば、働く場所も少なく、収入面でも当然、低くなります。また、生活などの利便性の面でも不便であることは確かだ。でも、総合的な人としての生活の質という面では、田舎での生活の方がはるかに上回っていることを否定する者は少ないのではないか。映画館、美術館、カラオケなどもないけれど、都会に存在する都会的文化をはるかに超越できる田舎の文化がある。そもそも都会に文化など存在するのか疑問がある。山小屋のある北山は谷間の里です。日の出も日が落ちるのも早いところです。梅雨時や冬などは気がめいる感じがするかもしれない。和田地区よりも、ある意味で厳しい自然環境であるかもしれない。それでも、当地の人たちはしっかりと根を張って生きてきた里山。ここにも都会にはない文化がある。

都会に慣れ親しんだ者は、この田舎の文化に、時にはかなりの負担を感じてしまうことがあるがあるかもしれないが、それは都会的文化と比較するためのストレスと思う。郷に入れば、郷に従えの発想で、自然に溶け込んでいくことが必要になる。最大の難関はやはり生活の糧となる職に尽きる。まほろばの里のブランドの良さを仕事に活かすことが生活基盤を安定させるヒントになる。有機的なネットワークを構築しつつ、知恵を集結することで、そのハードルをクリアできるものと思う。でも、田舎では、石の上でも10年の時間は必要かもしれない。先祖累々、受け継がれてきた財産の上で生活する地元人に比べると、都会から来た者は、日銭やそれなりの退職金はあるかもしれないが、畑や田んぼなどの土地や百姓としての技量などの面で、当然、弱者である訳だから、その位の時間は最低でも必要となるだろう。一番、重要な点はこの村の風景、匂い、人柄等々が好きで、この村で生きたい、活かしてほしいという気持ちだろう。都会での負け犬や、変わり者が多くやってくるとの話もあるが、それも、一部は事実かもしれない。仮にそうだとしても、そんなことは本質ではないだろう。「都会での生活が嫌だから田舎に行く」、人として、とても自然な行動だろう。行動に移すこと自体だけでも、素晴らしいことだ。都会から離れることができない者には、羨ましい限りだ。頑張れ、まほろば!、頑張れ、夢追人!

「お疲れさん、今日も温泉か」
「家の風呂より、ここが一番っす。仕事の後は、毎日温泉三昧。」
「援農のお客さんと一緒に、温泉の後のビールでもどうやぁ」
「おしょうしなでっす」

京都山小屋の住人

(次回に続く)