第11章 ログ組は人生模様(2004.6.15)
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ログ組は、初めは面白く、積みあがるにつれ、苦痛にも近い感覚がある。初めは簡単に積みあがるが、高さがある一定になるとまずはそこまで持ち上げる力と組み上げてから、しっかりと下のログに噛ませるのに、かなりの労力を要する。足場を予め組んで置けば、この作業もある程度は容易いかもしれないが、その足場がない場合には、それなりに工夫と苦労がありました。噛み合わせで手を抜くと、抜いた分だけ、後のログ組みが大変になるという、まるで人生そのものの様だ。途中、何度か諦め様かの心境も感じた。でも、ログ組みの最終章ではログの長さも極端に短くなり、容易に組むことができた。

今回のログは、いわゆる丸太ではなく、板状にカットした角ログ。山小屋1号店は厚さ3cm、2号店は5cmの角ログです。1号店は、僅か1日で屋根の輪郭まで積み上げることができたが、2号店は重さも長さもあり、かなり苦労した。途中で高さのため、積み上げることができなくなり、まずは床を張って、そこに梯子をかけて、昇りながらのログ組だった。屋根を形成するまで、丸5日を費やした。真っ直ぐに見えるログにも、個性があり、その個性を生かしつつ、下のログに組み入れる作業は、まるで会社などの組織を操る感覚と同じ。どうしても、目立つ曲がりは、強制的に木づちやログ矯正ツールを使って強引にやり込めます。これをして置かないと、組織同様、バランスを保つことができなくなり、柔軟で、かつ強いログハウスにはなりません。でも、実はログ組にはあるコツがいることが、慣れるに従い分かってきた。これが設計書に記述のないノウハウ。なかなか言葉にして説明するのが難しいのも事実ですが、大工見習が頭をトンカチで小突かれながらも、棟梁の腕を盗み見してその技を習得する世界に似ている(失礼、こんな世界は一昔も前か、サザエさんの世界です)。敢えて記述するとこんな感じでしょうか。

「両サイドのノッチ部分をまずは軽く位置決めした後で、ログの中央部分をやや斜めにひねりながら、上から下へと圧力を加えていく」

力任せでは、効率良く組むことができない。ちょっとしたコツで案外、スムーズに組み上げることができた。でも、これだけは知識や理屈ではなく、実践あるのみの世界だ。大企業のサラリーマン経営者やサラリーマンからはなかなか新規事業が生まれない、あるいは学者さんが頭デッカチの商売下手なのと理屈は同じ。やはり商売もログ組も、熱い情熱とこだわり、そしてちょっとした知恵が基本だ。知識が多いと上手く行かない場合が多いのも世の常でオモシロイ。知識を知恵へと変換するプロセスが重要で、そこに雲泥の差がでる。それだけしんどく、真剣な、一方では楽しい(ワクワク)作業となる。知識は自ずと後から付いて来る捉え方が、新しいモノを創る原動力かもしれない。それだけ、世の中の環境変化の速度が加速している。でも、お遊びはゆっくり、シフトダウンで進むことですが基本だ。

ログハウス建築後、山にある大きな杉の木をチェーンソーで何本か倒したが、その1本が失敗して、山小屋を直撃した。幸いログハウスがクッションのように木の衝撃を吸収してくれたお陰で、最少のダメージで済んだ。土台とログ組だけは、手を抜けないことが分かった。それでも、なぜか、ログの部材が予想より多く余る。不思議だ。確か、作業途中で設計書は見ていないことが原因だろう。まぁ、余った板は、他の用途に活用していますので、結果、オーライでしょう。

3号店の小屋は2×4でより簡単に作る予定、水回りの構築もあり、時間は費やしそうだ。

1号店、2号店とも、どの時点でログハウスが完成(未だ仕掛品)したとの実感はないが、最後のログ組を終えた時が何とも言えない達成感、満足感を味わうことができた。分業化された仕事では、なかなかこの感覚は得られない様な気がする。話は若干逸れますが、親交のある中小・零細企業の社長さんを診ていると、規模の大小は問わず、苦労は大ですが、"一国一城の主"としての責任や誇り、遣り甲斐は、サラリーマンよりは大きい。一から構築し、育てる楽しみは共通かもしれない。どうですか、会社を経営してはとまでは、あまりにも無責任なので言えないが、一度、犬小屋ログでも作ってみませんか?

京都山小屋の住人

(次回に続く)