第13章 講は細々と生き続ける(2004.7.24)
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昔からの仕来たりの一つに「講」がある。昔はお伊勢参りや富士山に個人で出かけるのはとても無理で、みんなから少しづつ集めたお金を貯め、くじ引きや輪番で、代表者が参拝する組織が講と云われている。この講とは本来は講話に代表されるように、仏典の講説の為の僧の会合とか、寄り合いのことを言ったもの。現代の車社会になれば、それこそ行きたいところに自由自在に移動することは容易になった。でも、そのような社会になっても、やはり皆の力を寄せ集めて、助け合わなければならない地域がある。それこそ、お金ですべて片付く世の中になったことは確かだが、それでもある意味、経済効率の犠牲にある地域では、「講」的な相互扶養精神が生づいている。この精神のため、血縁よりも、地縁が強くなっているのが特徴。ある種、人間の知恵、合理主義だ。

山小屋がある集落にも、この風習に近い仕来たりがある。その一つが土葬。運がいいか、悪いかは別として、冬季に天国に召されると、これがムラの一大事となるそうで、いわゆる「三夜講」。冬季はこの地域、とても雪深く、道路が凍結するため、この土葬の風習が残っている。村の若手衆が穴掘りをする。昔はスコップで豪腕な若者が半日以上かけて、墓穴を掘っていたそうだが、今では小型ユンボで、それこそ30分程度で完了するとのこと。最後の穴掘りは楽になったが、それでも通夜から葬式、野辺送りと三夜に続く行事は、ムラの一大行事となる。お葬式という言葉より、お弔いという言葉がふさわしい古き良き風習が村には残っている。人生はどう生きるかというよりは、最後にどう召されるかにより、その人の人生が決まると言われる程、至難の業。都会の病院の個室ではなく、村の藁葺き家の畳の上で家族に看取られながら大往生する行き方は、贅沢過ぎるのだろうか・・・。

また、土石流など水害防止のため、1年に1回、村総出で上流の渓流の掃除も行う。そこには、先祖代々、山のカミを敬い守る慣習から行ってきたものだと思う。でも、現代社会では、これには裏があって、以前は確かに村の存亡に係わる事のため、講で行ってきたが、今ではいわゆる補助金の対象となっている作業だ。ムラの利権を食い尽くす悪代官の悪事が見え隠れするのは、時代劇の見過ぎかもしれない。でも、講の大元締めが時の政府であったということもできる。この些細な中途半端な飴玉が、ムラ社会を弱体化させ、崩壊させる最大の原因であると思っている。山のカミを敬い守ることを考えれば、それこそ飴玉ではなく、山のカミから一番恩恵を受けている平野の民から巨額の札束をかき集める講であれば、まだ反対はしないだろう。

ムラは保守的な傾向がとても強いのが現実。ムラも、会社の組織と似たところがある。「異質は極力好まないこと」。これは組織規模には関係ない現象で、リスク(脅威)に対する成熟度の問題。結局、馬が合う取巻きたちによる仲良クラブ、これでは上野の猿山のボスも裸の王様と化す可能性がでてくる訳だ。異なる考え方や意見などの異質を排除するか否かは、そのコミュニティの許容量、いわば肝っ玉の大きさ。反対意見などを直視できる度量だ。これを小手先ですり返えたり、逃げたりする場合は、変化に対する成熟度が低いということ。ムラの選挙の投票行動を見ると一目瞭然。江戸っ子には、この煮え切らない体質は、少々、歯痒さもあるが、これも生きる上での知恵と言えば、知恵。でも、最近、その状況にも変化が見えてきた。もはや、今までのムラの慣習の仕組みでは成立できない閉塞感が続いていることが最大理由の様だ。前向きに考えれば、変革の波、いわゆる地方分権の波が進んで来たためだろうか。自分たちの村は自分たちで考え、運用していく、ある意味、厳しい世の中になったかもしれないが、本来の生き方だろう。この動きと相まって、逆に講の重要性が再認識される時代が到来するかもしれない。その場合の鍵は、異質も含め、外の若い血を常に注入することができるかによる。これができるムラが発展することだけは間違いない。もちろん、日本の人であることも当然ないだろう。

「こんにちは、ご主人、ご在宅ですか。この奥で山小屋を作っているものです」
「・・・・・」
「え〜っと、You are Philippina ?」
「こんにちは、私はこの家(うち)の奥さんです」
「あっ、そうですか。今、山の中に小さな家を作っています。よろしく、ご主人にお伝えください。」

ここのご主人とは、山小屋の基礎の関係で顔見知りです。この女性は、日本人より日本らしさを備えていました。

現在は、ムラの縁をかすめている感じだが、それでもムラの中で様々なモノを頂く、機会が増えてきた。ありがたいことだと思っている。いつか、本当の講に参加させていただける日がくれば、それもいいかなぁとも思う。でも、都会の地縁よりは、ムラの地縁の方がはるかに暖かく、重みがあると感じる様では、まだ、まだ外様だからでしょう。

京都山小屋の住人

(次回に続く)