第12章 星は銀河で輝く(2004.7.7)
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最近、夜空を見上げて星空を見ていますか。

星で連想する歌詞は・・と問われれば、平井堅のカバーでもお馴染みの坂本九の「見上げてごらん夜の星を・・・」、谷村新司の「昴(すばる)」、中島みゆきの「地上の星」・・・だろうか。

幼少の頃、田舎で夜空を見上げては、その星の多さを遥か昔の記憶の中にぼんやりと浮かんでくる。月明かりのない快晴の夜空は、それは神秘だ。今でも天から星々が落ちてきそうな、あるいは天が手に届くぐらい降り注ぐ錯覚にとらわれる。無数の星々の中には、とても有名な星のスターもあるが、一般的にはその多くは名も知られていない星々だ。おそらく、宇宙時間では、幼少の頃見た銀河と、現在見上げている銀河の様子には、まったく変化はないのだろう。

様々な個性のある星々の集合が、銀河であり、その銀河の密集する場所は、まさに天空を流れる大河、天の川。今まで見た天の川では、欧州とオーストラリアで見た夏の夜空に流れる天の川が一番印象に残っている。ネオンなどの人工的な明かりはないことは当然だが、視界が広いことも大きな要素になる。夜空のある特定の場所に、星の屑が集まって大河のように流れ、光輝いていた。もちろん、山小屋には人工的な光はまったく存在しませんが、残念ながら視界は思ったより拓けていない。目の前にそびえる山の頂で見れば視界も拡がり、文句はないかもしれないが、そんな山小屋から見る星空もそれなりに見事だ。テラスの上で大の字になり、上に拓けた空間から見上げる星々は、限られた空間にも係わらず、あまにも星が多いことに驚きを感じる。

「あっ、あそこの少し蒼い星、今、キラキラと輝きだしたよ」
「本当。なんだか隣の星々も、だんだん輝きだしてきたね。不思議やなぁ。」
「今日は、夜空の花火大会、見たいだね。」

一方では天を照らすものがない世界もある。そう、暗黒の闇夜です。闇夜の世界では、人間はとても臆病な存在だが、本質は心の闇の奥底から込み上げて来るおぞましい暗部が存在することに気づく。誰も見ていない世界では、人間はおそらく明かりのある世界で培われた道徳やらルールなどは、すべて吹っ飛んで行ってしまう危険性をはらんでいる。それだけ田舎の夜は、時により人間社会の常識を闇夜のベールで包んでしまう。それこそ鼻をつままれても、まったく気づかない暗さ、もちろん歩くことさえままならない。そんな暗闇のなかでも、夜行性動物たちには天国の世界だ。やはり、闇夜に利く眼は、強い威力だ。それに彼らには眼よりも凄い嗅覚もある。人間にも不思議と闇夜に慣れる順応性は備えていることにも気づいた。満点の星空や月明かりの世界を愛でる以外は、都会人はむやみに闇夜の世界に足を踏み入れない方が正解でしょう。どんな本能が芽生えるかわかりませんし、はたまたどんな野獣に遭遇するかもしれません。でも、野獣の中でも人間が一番恐ろしい存在であることは確かだ。陰陽師晴明や小野篁(たかむら)が活躍した平安京の時代でも、夜中に牛舎を走らせ、足蹴良く通った館の道すがら、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界に迷い込むことはしばしであったそう。どうぞ、くれぐれもお気よつけあれ。

そんな怖い世界とは無関係に今宵は七夕。夜空では年に一度のロマンスが展開される。恋愛成就の七夕伝説は、天の牽牛・織女が年に一度会うことができる恋の物語。このお話にちなみ清水さんの地主(じしゅ)神社では、この日恋愛成就の祭典が行われる。七夕笹に互いの名前を記した一対のこけしを吊るして奉納すると、思いがかなうのだとか。空気が澄んで晴れるといい。

ところで、今夜のお願い事、何にしますか?

京都山小屋の住人

(次回に続く)