第42章 日の出は明日も訪れる(2005.12.24)
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先日、お登紀さんこと加藤登紀子のほろ酔いコンサートに行ってきた。観客の8割方は年配の女性で、男性は女性をエスコートする人が僅かにいた程度でした。コンサート前に観光客もまばらの祇園新橋を訪づれ、白川沿いに舞い落ちる雪を見ながら暖かな白玉ぜんざいをいただいた。今の時期、京都は紅葉の賑わいも去り、一番静かな時を楽しむことができます。こんな風情、京でもめったに見ることができないですね。古都京都の雪は自然の最高の演出です。祇園散策の後で祇園甲部歌舞練場でのほろ酔いコンサート。ロビーで木の香り高い樽酒を飲み干し、加藤登紀子の歌に酔いしれた。2002年の夏にご主人の藤本敏夫氏を亡くしているが、今でも一緒にいる様子がひしひしと感じることができ、からっと明るい気持ちいいコンサートでした。でも、彼女が口にした「フリー」という言葉の軽くもあり、重たい言霊が心の中に響いた。

藤田氏の生き様は、ある一面で共感ができ、憧れでもあるし夢でもある。そんな父親の意思を一番下の娘が、引継いだエピソードは嬉しかった。やはり人生は長いリレーのバトンタッチのようなもの。そう考えると、自然と肩の力も抜け、夢も大きくなるような気がする。いや、夢は大きくなくては夢ではなくなってしまう。手の届きそうな夢は目標になってしまう。目標はかなうとすぐに醒めてしまうもの。二人で農家を借り、百姓を営む姿は、贅沢でもあり、羨ましいものです。

コンサートの終わりは、名曲「知床旅情」。聴き惚れた。家路までの道すがら、コンサートで振舞われた樽酒もあり、ほろ酔い気分で

「しれとこの岬に浜なすの咲く頃、思い出しておくれ、俺たちのことを、のんでさわいで丘にのぼれば、はるか國後に、白夜は明ける・・・想い出しておくれ 俺たちのことを」

を口ずさんでいた。知床で見る日の出は確かに美しい。学生の頃、寝袋片手に北海道を放浪した日を思い出す。でも、日の出はどこで見ても神聖で敬虔な気持ちになる。山小屋の日の出は、少しお寝坊さんだけどお気に入りです。日の出は「爾今生涯 (じこんしょうがい)」そのもの。

「今日はよう頑張った分、疲れたなぁ」

「明日であの畝の掘り起こしも終るね」

「うん、明日も早いし、もう寝るよ」

「おやすみ、今晩は月明かりがきれいな夜やね」

「・・・・・・すう・すう・すう・・・」

「えっ、銀世界か」

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今年も残りわずかとなりました。そして今宵はクリスマスイブ。今年も一面、銀世界となりました。

Frohe Weinachten!

良いお年をお迎えください。

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京都山小屋の住人

(次回に続く)