第17章 山小屋の動物たち、ハラペコの熊の受難は続く(2004.10.11)  
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今年は台風の影響か、山に団栗などの木の実が早々と落下して小動物の餌となり、熊が里に出没するケースが増えているとの報道が連日、連夜、アナウンスされている。駆除された熊も例年より多くなっている様だ。地域により、捕獲した熊を射殺するか、山の奥へ逃がすか、熊牧場で飼育するかなど、その対応もばらつきがある。「有害鳥獣駆除」は、原則的には「追い払い」が優先で、「子連れの熊は撃ってはならない」とされている。熊の駆除は、基本的に「有害鳥獣駆除申請」による知事の許可に基づくが、実際は市町村の判断で捕獲、駆除している。

「人への危害の恐れがある」と緊急性が射殺の理由とされ、射殺しても鳥獣保護法違反を問題とされない。京都美山町のような田舎観光を推進する町では観光客への危害の恐れもあり、先日も捕獲した熊2頭が射殺された。山に熊などの獣がいるのは当たり前。その熊がハラペコで里山に下りてくるのも、自然の成り行き。人に危害を及ぼす可能性もあり射殺するのも、それなりに合理性はあるだろう。都会の人にはわからない大きな不安、心配はある。でも、これだけ捕獲したのだから、来月の狩猟解禁はその期間を短縮化するようなことも必要ではないかとも思う。現実には、逆に捕獲強化の動きが強いようだ。突然のバッ・バーンと鉄砲の発砲音、犬の遠吠え、うまく逃げろと心のどこかで叫んでいた。

山小屋には、鹿や狸などの野性動物を簡単に見ることができる。もちろん、昼間にかれらに遭遇することはない。日が落ちて、あたりが暗闇の世界になり、静寂に包まれた頃が活動時間だ。先日も鹿の大群に遭遇した。その数20頭はいた。あの数で畑などの農作物をやられたらひとたまりもない。餌付けすることは良くないと思いつつ、鍋料理やバーべキュを行った残飯などを山小屋からかなり離れたところに、ばら撒いておくと、翌朝にはキレイさっぱりとなくなっていた。お陰でゴミの処分の手間がなく助かったがこれからは川に流すか、土に還そう。

野性の生きものと共存していくことは、おそらく不可能かもしれない。最近の人間も野生動物以上に怖い野獣が増えてきている。「自分のテリトリーは自分で守る。村のテリトリーは村で守る」が基本だが、そのテリトリーを金銭欲などで欲張ると不幸なトラブルが頻発するということだろう。「自分が寝る分おうたら死ぬ」(おう:耕したら)と言い伝えもある。その昔、マサカリ担いだ「金太郎」は熊と相撲をとっていたではないか。捕獲した熊を奥山にお土産付きで放ってやるぐらいの大らかさも必要である。いや、先祖の財産、後世の財産を継承する現代人の義務だろう。山の自然を復活することが、野獣ではない人の努めだろう。土石流などの被害から分かる様に広葉樹の森が荒れている。

学生のころに、熊肉を食べたことがあった。とても、しなっこく、顎が痛くなるくらいの歯ごたえのある野性味あふれる肉だ。でも、霜降牛肉がやはりおいしいかった。熊肝は業者に10万円程度で引取られていった。当の熊さんは牙をむいた状態で剥製にされ大広間に飾ってあった。これから鹿鍋やフレンチ風ステーキがおいしい季節だが、これだけ生きたおいどのかわいい鹿と遭遇していると複雑な心境だ。

「なんか声聴こえないか」
「気のせい?」
「あれは声ではない様だね」

翌朝、薪拾いに山小屋の上に登ってみると・・・

「昨晩の音、これの様だね。糞も新らしい」
「ほんとだ、爪でも研いでいたのか、木の皮を食べていたのか」
「それにしても、ものすごいパワーだよね」
「鹿には爪ないよね・・・大きな猫?」

京都山小屋の住人

(次回に続く)