第39章 どんぐり拾いに夢中(2005.10.15)  
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「どんぐりころころ どんぶりこ」

もちろん、どんぐり(団栗)という木の名前はない。「ブナ科」の中の丸っこく、固い実をつける樹木の実を団栗と言います。代表的な団栗の樹木として、「ミズナラ・コナラ・クヌギ・ウバメガシ・マテバシイ」などである。ブナが混生する山は、山菜やキノコの宝庫だ。しかし、材木として見た場合、材は堅いが耐久性に乏しく、またくるいも多いことから、杉や桧などの針葉樹に比べて利用価値が低い樹種とされてきたが、人工乾燥法が発達し、くるいを除去することができるようになり、ナラ材とともに、木工家具の材料として見直されるようになっている。これからの冬にかかせない薪ストーブの燃料にも、堅いナラの木が火持ちも良く、ベストな薪だ。今は杉を薪として利用しているが、火持ちが悪く、ストーブの前での薪くべで大忙しだ。これはそれで結構、楽しい時間。

山小屋がある山の下部、三分の一は植林された杉林です。上方の三分の二は、柴などの雑木で覆われている。現在、植林された杉をブナの木を混在した森にしようと計画中だ。冷たい針葉樹の森から、暖かな広葉樹の森にすることが目標。そのため、まずは団栗拾いだ。10月上旬になると、暇を見つけては、近くの山や寺院、公園に散歩に訪れ、団栗探し。ただ、落ちている団栗を拾えばいいという単純なものではない。種の保存、生の後継者を選別しながら、採取しなければならない。実はこのことを理解するまで、約2年の歳月を費やし、山小屋近くの植木栽培の専門家からも教えてもらった。それでも、まだ、効率的な発芽に至っていない状況だ。現在、採取している団栗は、水につけて選別後、冷蔵庫に保管している。来年の春に土に植える予定だ。

「じゃり、じゃり、じゃり・・・・・キィーツ、カチン」
「やった、結構、落ちている」
黙々と拾い続ける
「もしもし、何をされていますか」
「あっ、すみません、どんぐり拾いです」
「あっ、気をつけてくださいね」
「(皇宮警察官殿)ご苦労さまです」

リュックサックを背負い京都御所でのどんぐり拾い、夢中になりすぎると、驚かされる。それにしても、大の大人なのどんぐり拾い、後ろめたさがあるのか、つい謝ってしまうところが、なんとも言えず滑稽で面白い。とても、価値観を共有できない方々には、積極的には語れない行動様式だろう。

これに似たお話に、京都のとある小寺での出来事がある。その場にいた訳ではないので、その信憑性は定かではないが、本当のお話(担がれているかもしれません)であれば、とても滑稽な出来事です。二名の紳士と住職さんと思われる老婆が登場する。

黙々と二人の紳士は、とある小寺で各々別の目的の行為をしていた。
一人は「花粉の採集」、一人は携帯片手に「花の撮影」に夢中だった。
すると突然、どこからとなく、当の老婆が現れ、
花粉採集の男を横目で見ながら、「勝手に花の撮影は止めてください」と注意され、
「あっ、すみません?」と咄嗟に答えた。

実はこのお寺、ペット(猫)を供養することで少しは名の知れた刹那古寺だ。ひょっとすると化け猫にでも騙されたのかもしれない。そう言えば、お昼に訪づれると猫が境内で気持ちよくお昼寝している。このお二人、昼寝の邪魔でもしたのかもしれない。

このお話の事の良し悪しは別にして、何事も周囲の様子、場の空気を把握した上で、夢中になることが大事かもしれない。それと京都には、いわゆる清水寺や金閣寺などの観光寺とそうでないごく普通のお寺がある。また、観光寺便乗組みと思われる神社仏閣もある。そんなお寺が警戒するのも、現代の物騒な社会情勢が背景にあるものと想像できる。大半のお寺の境内は、駐車場経営の副業に利用(税制上も非課税かな)され、頻繁に発生する車荒らしの犯罪を警戒しているのかもしれない。いずれにしても、観光寺も同様、金儲け主義の世知辛い世相を反映しているように見えてならない。京都の観光ブランドの先行きに懸念を持つが、まずは神社仏閣に入る前には、受け付けなどでしっかりと会釈や、場合よりお布施(拝観入場料?)を支払うことが大切だろう。

京都山小屋の住人

(次回に続く)